フセインの次は、予告通り、カダフィーも消されてしまった。
”独裁者”は、悪玉で、「デモクラシー(=民主教)」の名の元に、
連合軍(NATOと国連)に懸賞金まで賭けられ、無慈悲に殺される。
また、「革命」と称せば、極悪非道な殺人さえ、まかり通るこの世界。
トミーリージョーンズのCMではないが、
何て「ロクデモナイ世界」なのかと思う。
無知で野卑な百姓が集まって、馬鹿な王様をギロチンで処刑した、
フランス革命の200年前から、「人間」なんて、そう変わるものではない。
その革命とやらで確立した「人権思想」も、まるで矛盾する話だが、
日頃、人権擁護を叫んでる奴らは、今こそ「連合軍」を訴えろ。
つまり、19〜20世紀の間に生まれた、偉大な哲学者の思想も、
作家の功績も、芸術家の啓蒙も、21世紀の今、まるで生かされてない。
ただ、物欲と功利の「キャピタリズムの毒」で、人類は退化したようだ。
また、西側諸国の政治家は、
数ヶ月前まで、リビアのカダフィーと「外交」していた仲だろうに、
メディアを見る限り、悔やみの言葉さえない。
ただ、チャべスやイラン大統領やプーチンの抗議が聞こえてくるが、
彼らもメインストリーム(本流)のメディアでは、単なる”悪役”だ。
で、メディアに洗脳され尽くした「羊(B層)」は、いつか真実が露呈した時、
自分を、騙されていた「無実な被害者」とでも思うのか。
NATOの攻撃で、首都トリポリに住むカダフィー派市民が大勢殺され、
11/19に拘束のカダフィの次男には、国際刑事裁判所から逮捕状まで出ていた。
正義のような国際機関さえ、グルになって「冤罪」をでっち上げるのが現実で、
WC予選で「シリア」を失格にしたFIFAさえ、例外ではない。
で、連合軍の次の標的は、シリアのようだ。
だが、先日、ロシアのネドベージェフ大統領は、NATOに対し、
シリアを防衛するための「ロシア軍艦」の派遣を通告している。
☆クレムリンからのお知らせ
「一国」を支配する独裁者は、悪の存在で、
世界の富を独占する、いわゆる「1%」、
つまり、「世界」を支配する独裁者は、許されている、この不条理…。
要するに、簡単に言えば、「利息を取らずに金を貸す奴」は、
「利息を取って金を貸す奴」に抹殺される。
カダフィーも、フセインも、ゲバラも、ケネディも、リンカーンも、
それが近代の歴史であり、この世の現実だ。
で、世界の隅々まで、”キャピタリズムの毒”が回りつつある昨今、
世界の秘境に残る神秘の生薬で、「デトックス(解毒)」が必要な時が来ている。
☆BGM
2011年11月27日
キャピタリズムの解毒
2011年08月10日
「高じる」の考察
カーラジオのDJが言っていた。
スガシカオは「牛丼好きが高じて、牛丼屋で働いていた事がある」と。
運転しながら、思わず笑った。
「牛丼好き」というのも、何とも貧乏臭くて失禁、いや失笑ものだが、
俺が笑ったポイントは、「高じる」という言葉だった。
高じるって大事だよね。
人間、やっぱ高じていかないとね。
高じる事ができるって、とっても幸せな事だよね…。
つまり、「俺も高じていかなければ」と強く思ったのだった。(意味不明)
で、高じるとは、「凝(こ)ってのめり込む」というようなイメージがあるが、
高じた結果、専門家になったり、有名人になったり、
高じる事で、「並の領域」を突破して、上に一つ突き抜ける印象だ。
しかし、後日、改めて辞書を手にして調べてみると、
「高じる=よくない状態が進むこと。(例)病気が〜、我がままが〜」と書いてあった。
ついでに、英語の辞書でも調べると、意味は「grow worse、grow in intensity」で、
例文が、「the insomnia has developed into a neurosis」
(不眠が高じてノイローゼになった)、「our argument finally led to a fight」
(論争が高じて喧嘩になった)であった。(合掌)
要するに、「趣味が高じて学者になった」みたいな肯定的な意味じゃなく、
とんだ勘違いであった。
最後に、「高じる」の正しい用例を一つ。
人は、事実に関係なく、物事を「自分の思いたいように思い込む」生き物であるが、
それが「高じる」と、しょうもない妄想や妄念の虜(とりこ)となって、
勝手な推測を巡らしては、「嫉妬の炎」を燃やしたり消したりを繰り返す訳で、
このような症状を英語で「パラノイア」と呼ぶそうな。(脈絡の無いオチ)
☆BGM>
2011年08月06日
DROP INのすすめ
(1)悪漢からコンサバに
バックパッカー、ヒッピー、季節労働者、パートタイマー、ボヘミアン等々、
長い間、気ままに、「質素でいて贅沢な暮らし」に甘んじてきた。
(タバコがあれば、あっただけ吸い、無ければ、全く吸わない、みたいな)
言わば、日本の大衆社会から「ドロップアウト」した、OUT SIDERとして、
酔狂にも早10年超の月日が過ぎた。(ちょっぴり厭世的ピカレスクだった俺)
だが、社会のタガが外れ、猫も杓子も旅人に憧れ、脱サラし、自然に帰り、
ドロップアウトが「一般化」し始めると、へそ曲がりな俺は居場所を失い、
抗うように「新しいコンセプト」に移りたくなる訳で。
また、そもそも「ドロップアウト的生活」は、
見知らぬ外国の「雑多な不干渉社会」でなら気楽にできたが、
日本の都市ならまだしも、狭っ苦しい千葉の田舎では卑屈にもなる訳で。
それなら、いっそ「社会に合ったスタイル」に変身してみるのも面白い。(妥協かよ)
つまり、DROP OUTとは逆に「社会にドロップイン」する冒険だ。(物は言いよう)
しかしながら、日本社会に満足する事は、既に失われた夢だ。
何事も「知らぬが仏」で、「多様な外の世界」を知ってしまった今では、
日本社会や自分までも相対化して考える。
で、相対化しては、妄想たくましく、疑心暗鬼と試行錯誤に疲弊する訳で、
むしろ、ごく一般の小市民のように、世間の「絶対的な価値観」に染まった心で、
外を見ず、「疑いなく生きる」方が幸せなのかと思う。
だが、無知蒙昧のまま死ぬのは虚しい。
要するに、「やってみたい事の一つ」として、図々しくドロップインしてみる。
恥も外聞も面子も見栄も捨て、「表現活動の一環」として、
今まで避けてきた「軌道」に、軽く踏み込んでみる。
その際、スノッブ(俗物)の王道、「コンサバ」を目指してみる。
言わば、公益の仕事や実業家など「体制側の職業」に就く事であり、
ブコウスキーは郵便局員だったが、俺は役所に勤めるのだった。
「権力と和解することは、権力になるということだ」 by ジム・モリソン
しゃらくさいわ!
(2)雑誌Numberを読む
かつて岡本太郎は、「勘違いされる事は素晴らしい」と言った。
だが、田舎社会で働く時、言わば「独身、アラフォー、学歴あり」とくれば、
「怪しさ120%」で、勝手な推測や反感や噂の対象となって、
「思い込み激しい」小市民の中で、
勘違いされこそすれ、100%理解される事は望めない。(南無)
まず、彼らが忘れている事は、俺の、この「貫禄の無い軽薄な立場(合掌)」も、
安定や信頼や体裁などと引き換えに、「挑戦的に選んだ道」という点であり、
彼らはむしろ、その「リスク」を避け、日常を送ってきた狡猾な臆病者だろう。
で、ちょっぴりハイテンションになった俺は、自由で無条件な心で、
これから「明るいスポーツ野郎」になろうかなと思ったりしてみる。
年令には意味は無い。
今からでもスポーツを嗜む「爽やか路線」に回帰し、
まずは学生時代のように雑誌「Number」を購読してみる。(そこからかよ)
改めて読んでみると、内容も充実していて意外と面白い。(再発見かよ)
で、たまたま載っていたサッカー日本代表の本田のインタビューが気に入った。
以下は、彼の「姿勢」だ。
○常に想定外の事が起きると想定する。
○人生は、上がるか落ちるかのどちらかだと認識する。
○真っ暗なトンネルでも、とにかく前に進む。
○自分を客観視するために、周りに自分について聞く。
○目標を逆算して、何をなすべきかを決める。
○コンプレックスをモチベーション(動機)に変える。
○挫折をしても負けと思わない。
○夢のために、みんなが嫌がる事もやり、好きな事も我慢する。
○勝負事で2位でいいとは絶対に思わない。
○理想の人格を作り、その人格に追いつくように振る舞う。
何て素晴らしいのかと思った。(影響されやすい俺)
☆BGM
2011年07月23日
日本の異邦人(俺もあなたも)
午前中の用事を済ませ、時間が空いたのでファミレスでコーヒーを飲もうと思った。
最寄りの店に出向くとドアが閉まっており、10時からの開店だった。
時計を見ると9時58分で、駐車場の車で待ってから、
10時5分過ぎに行くとまだドアが閉まっていたので、この店は止めた。
次に「COCOS」に行くと朝7時からの営業で、
ドアの前にしっかり「営業中」の看板があり、感心しつつ中へ入った。
この店では、朝10時30分まで「モーニングビュッフェ」のサービスがあり、
699円で食べ飲み放題という事で注文してみた。
それが目当てか、午前中の割に客も意外に多かった。
で、この時間は全席禁煙であり、11時から吸えるというので、
タバコが吸いたかった俺は、一応、奥の「喫煙席」に座った。
その後、一人で店に入ってきたオバサン客は、
タバコが吸えないと知るや出て行ったが、この人のように、
落ち着いて一服できる場所を求め、さすらう人は多いと思えた。
◇
俺は一人、喫煙コーナーの席に鎮座し、静かに食べていると、
わざわざ俺の目の前の席に、ぶくぶく太ったオバサンが来て座った。
店員とタバコの事で騒がしく言い合いながら。
まるで一時もタバコを手放す事のできないほどストレスが体中に充満した、
ガマガエルを擬人化したような、不健康にだらしなく太った女だった。
酒と高カロリー食で、いかにも内臓が悪そうな茶色い顔に、
むくんで飛び出たミミズクのような目と隈、ツヤのない薄茶色の髪を束ね、
七部袖のTシャツに気色悪い黒レギンス姿で、干からびた素足にサンダル。
まあ、パチンコ屋にも必ずいそうなタイプだ。(何を観察してんだ、俺)
類は友を呼ぶと言うが、その後、同じような風体の客が3人来て、
ミミズクと、「やぁ久しぶり、休み?気付かなかったわ」などと大声で話している。
平日の午前中のファミレスの喫煙席は、「魑魅魍魎の集まるサロン」のようだった。
しかし、同時に思った事は、
この人達は現代社会の被害者か、それとも象徴か、
善人か、悪人か、強者か、弱者かというような疑問だった。
で、その答えを、俺にはとんと出せそうになかったが、
早くその場から立ち去りたい気分が湧いてくるのを感じた。
が、この人達のような人々こそ、景気・不景気に関係なく、
金を使ってくれる「良いお客(偉大なる消費者)」である事は確かだった。
すると、ミミズクの注文の品が運ばれてきた。
彼女はビュッフェでなく、朝から「普通の料理」を注文していたのだ。
ジュワーっという音につられ見ると、それはペッパーステーキセットであった。
まるでアメリカ人のようだと思った。(モンゴル人とも言えるか)
☆BGM
2011年07月22日
米連邦構築作戦(TPPと汚染牛肉)
過去400年以上の間続く「欧米による世界搾取構造」が、
今、「被支配諸国の台頭」と「IT革命」の結果、滅びつつあるのは良い事だ。
で、そのきっかけを作ったのは日本と言いたい所だが、
例えば、日清・日露戦争は、欧米(英国や金融商人)が日本に戦費を投資して、
彼らの目的遂行のために、日本は「手先」のように戦って勝っただけで、
この時、英国は、日本をロシアと戦わせるために「日英同盟」を結び、
戦後はすぐに解消した。
その後、アジアで突出した日本は、今のイラクや北朝鮮やリビアのように、
まるで「欧米の敵役」となって、世界大戦はプロデュースされ、
(「私は宣戦はしない、戦争を造るのだ。」フランクリン・ルーズベルト談)
欧米の金融商人(英米ユダヤ)や武器商人(東欧ユダヤ)は儲けた事実。
(なぜスイスが永世中立国で銀行大国かも重要なポイント)
また、ナチスの迫害(自作自演説あり)の結果、世界の合意を採りつけ、
ユダヤ人はパレスチナに「初めてイスラエルを建国できた」という説もある。
ちなみに、俺の理解では、「戦争で儲ける方法」は以下のようなものだ。
(1)漁夫の利方式
謀略により敵と第三者を戦わせ、敵の弱体化を図りながら、
両者を中立に「支援」して、戦後、どちらが勝っても利益を得る。
(2)マッチポンプ方式
「まず自分が火を付け、火を消して相手を助ける茶番劇」の事で、
自費で世界中に敵を育て、機会を見て敵と戦い、敵と世界を支配する。
これらは長年、英米が踏襲してきた「帝国主義の外交術」と言えるが、
我々は、この支配構造が象徴する「近代(モダン)」から一刻も早く抜け出し、
「ポストモダン(近代の次)」に移行するべきで、それが今なのだ。
で、ここで言う「POST-MODERN」とは、
つまり、「マキャベリズムからの脱却」であり、「共存共栄」の思想だ。
◇ ◇
現在、欧米の経済は危機的状況を迎えているが、その解決策として、
再びかつてのように「搾取の構造」を復活させる計画があるという。
つまり、アフリカやアジアや南米の「(間接的な)再植民地化」だ。
例えば英国は、カナダを初め豪州、ニュージーランドに触手を伸ばし、
再び宗主国として「英連邦の復活」と沽券の回復を目指しているが、
まるで、1929年の恐慌対策でやった「ブロック経済」の蒸し返しのようだ。
瀕死の米国も同じく、「米連邦」の構築に動いている。
NAFTA(北米自由貿易協定、米国、カナダ、メキシコの3ヶ国共同体)と、
TPP(Trans-Pacific Partnership、環太平洋戦略的経済連携協定)がそれだ。
まず、戦後、米国にとって日本は一番の搾取対象である事実。
TPPへの加盟は、調べれば分かるが、農産物の貿易自由化だけではなく、
多岐の産業に渡り、「経済連携、パートナーシップ」と言えば聞こえはいいが、
体裁のいい米国による日本経済「乗っ取り支配作戦」だ。
今、米国の牛肉は(抗生物質や狂牛病で)世界で輸入規制されているが、
様々な工作を仕掛け、日本に輸出したがっている。
数年前は「口蹄疫」騒ぎで、日本の国産牛肉市場にダメージを与えた。
で、また仕掛けるかと思っていたら、今度は「放射能汚染牛肉」ときた。
エサや場所が原因なら、牛肉だけでなく、豚も鶏も同じと思えるが、
いつも決まって「牛肉」で、騒ぐ省庁もマスコミもみんなグルの、
「TPP合意の世論誘導キャンペーン」でしかない。
今更だが、情報は、ある思惑に沿ってプロデュースされる訳だね。
☆BGM
2011年07月17日
異教徒のタバコ
古来から長い間、タバコは人々に親しまれてきた訳だが、
元は「アメリカの原住民(主にマヤ文明)」が用いた薬草で、
シャーマンが儀式(悪霊払い)で用いたり、戦士が戦の前に吸ったりと、
言わば、彼らの社会で「貴重な生薬」として使われていた。
15世紀に欧州の冒険山師が、これを「欧州」に持ち帰り、
当時、特に英国で流行したタバコは、「伝染病の予防薬」として広まり、
家庭や学校で「毎日、子供に吸わせた」ほど親しまれた。
しかし、その頃から既にタバコは「規制」を受け、
キリスト教とイスラム教の社会において、「異教徒の品」として敵対視され、
宗教的に禁じられたのだった。
□発見(1)「禁煙運動」は、欧州や中東で意外に古くから行われていた。
一方、東洋の日本へは、欧州の宣教商人(南蛮貿易)経由で伝わったが、
16世紀のタバコ伝来以来、「火災防止」のため禁煙令が出された事もあるが、
むしろ、煙管に詰めて一服したり、社会で一貫して嗜好されてきた。
中国では、タバコは漢字で「烟草」と書くが、
日本と同様、16世紀の明代に伝わり、「万病に効く特効薬」として珍重され、
当初、一般庶民に対し禁煙令が発せられたが、全国に普及し、
清朝中期頃には葉タバコの「自給と輸出」が始まった。
その後、清朝末期には、英国を中心とする「外国資本と技術」が流入し、
タバコ産業は急激に発展したが、市場は「外資に独占」され、
外国人排斥運動が高まる中、市場を奪回するための闘争が起こった。
現在、中国に行くと分かるが、街角の至る所に「タバコ販売所」があり、
50種類を超える様々な銘柄の中国産タバコが並んでいるが、
産地を見ると大概は「雲南省か貴州省」で、現地の少数民族にとっても、
タバコは自文化の一部と化し、「太い竹パイプ」を使い軒先でふかしている。
そして、今や中国は「世界最大のタバコ大国」に成長し、
「生産量、消費量、税収入」において、その数字は世界に抜きん出ており、
タバコ産業が「中国経済の重要な一翼を担っている」事が分かる。
ちなみに「世界のタバコの生産量」は、
1位中国 239万トン(世界全体の37.7%)、2位ブラジル65万トン(10.3%)、
3位インド 58万トン(9.1%)、4位米国 40万トン(6.4%)、5位ジンバブエ 17万トン(2.7%)、
そしてトルコ、インドネシア、イタリア、アルゼンチン、ギリシアなどが続くが、
中国国内でも「雲南省の生産量(66万トン)」は、2位のブラジルよりも多い。
また、世界全体の生産量比率は、アジアが6割、
北米1割、南米1割、欧州1割弱、アフリカ1割弱となっている。
◇ ◇
要するに、現在の禁煙のルーツは、主に「欧米のキリスト教社会」が、
十字軍の如く「異教徒のタバコ」を排斥した事に始まるのだった。
(それはまるでイスラム教徒を悪に見立てる構造と同じ)
だから、それに同調して我々異教徒の者まで禁煙する必要はない訳で、
昨今の禁煙運動も、健康に関する根拠や理屈を並べているが、
その根底に「キリスト教徒(聖書信仰者)の思惑」があるものと推察される。
□発見(2)「禁煙運動」は、宗教的な理由が隠されている。
また、タバコ生産量の上位3ヶ国は、成長著しい「BRICs諸国」という点も重要で、
つまり、禁煙は「新興国の足を引っ張るための謀略」の可能性も疑われる。
とにかくタバコ産業は、世界経済に大きな影響力を持っている事は間違いない。
◇ ◇
ところで、禁煙と同様、かつて米国では「憲法で酒を禁じた」歴史があるが、
この禁酒法(Prohabition)は、1917年(ロシア革命と同年)に議会に提出され、
1919年から1933年まで施行された。
だが、これも、酩酊を罪とする米国の「清教徒的な宗教道徳」を根拠に、
一種の実験(Noble Experiment)として行われた、言わば悪法だった。
同じ時期、共産主義による「ソ連の建国」も、社会実験だったと言われるが、
その裏には計画した集団がいる訳だ。
現在の禁煙運動も、背後に「禁酒法と同種の理由」があるとすれば
それは単に「タバコが利用されているだけ」と言え、
人々を騙せるなら、茶やコーヒーやチョコレートやピーナッツでもいい訳だ。
◇ ◇
むしろタバコは、一切に禁じるのでなく、
社会生活、精神衛生、人間関係などを潤滑に健全に保つために、
適度に活用する事こそ賢い方法に思われる。
何事も「過剰」が悪く、害を生むのであって、
タバコは吸い過ぎず、節度を持って適度に嗜めば良く、
禁煙でイライラして逆に精神衰弱に陥るなど、まったくのナンセンスと知れ!
☆BGM
2011年07月04日
支配者は胡散臭い
世界で「英国」ほど胡散臭い国は無い。
世界の共通語が「英語」という事からもそれは明らかだ。(何で!)
その点、フランスやスペインも同様で、イタリアは特に「バチカン」が胡散臭い。
ローマ教皇なんて歴史的にひどく胡散臭い。
要するに欧州は総合的に超胡散臭い。(そうに決まった)
一部の欧州人によって支配されているこの世界。
特に王侯貴族や金貸し業者は胡散臭く、
「EU」という通貨(カネ)でつながった集団など、存在自体が胡散臭い。
欧州に比べれば、米国は若干マシで、
米国の支配階級を支配する輩が欧州にはいるという。
ところで、日本の国債を、世界で一番所有しているのは「英国」だ。
なぜ英国なのか?
日本は、米国ではなく、元来「英国の属国」か。
なぜ日本の皇太子は必ず「英国(ケンブリッジ)留学」するのか。
ダークスーツの正装に胸に勲章とタスキを掛けた日本の皇族の姿は、
まるで明治の鹿鳴館か、英国の王族を思わせる。
要するに、日本(自分)の姿をよく見れば、「黄色い顔した西洋かぶれ」で、
日本とは実際、そんな国で、そんな国民ばかりだ。
近頃も小学生から英語が義務化されたらしいが、洗脳計画か、単なる商売か。
で、この世には、常に「支配者(少数)と被支配者(大多数)」がいる訳で、
日本の支配者は、言わば「天皇」だ。
我々世俗の一般人は、国民主権やら、人権やら、民主主義をかざしてみても、
はるか太古の昔から、そして未来永劫、「徴税」され続ける存在だ。
昔、日本の帝は京都にいて、征夷大将軍が「幕府」を作り徴税を請け負った。
そして今は「日本国政府」がそれを行うが、一体、国家とは何なのか。
これを、かのホッブズは「リヴァイアサン(大きな怪物)」に例えたが、
議会制民主主義における国民の主権は「政府」に集約され、国家として人格化される。
しかしながら、政府の実態は、「強権を持った徴税&統治機関」であって、
「税収(予算)」により、初めて政府は機能するに過ぎない。
税と言えば、律令時代の「租・庸・調」に始まり、百姓は重い「年貢」を課せられた。
今は「税金」だが、国税に地方税、住民税は生きてるだけで課税され、
土地を持てば固定資産税、財産を持てば財産税に相続税に譲渡税、
働いて収入を得れば所得税、物を売買すれば消費税、
酒税や塩税を初め、タバコ税にガソリン税、車を持つにも税がかかり、
生活のすべてに税金がつきまとう。
(ところで、俺は「共和制」や「無政府主義」を信望しているのでは全くない。
ただ今まで当然に思ってきた事が、「胡散臭い」と気付いただけ)
で、話を「英国」に戻せば、オリンピックや万博やワールドカップの開催国は、
英連邦諸国や、かつて英国の支配下にあった国が多い気がする。(妄想)
また、英国は「紳士」の国で、英国発祥のスポーツはどれも紳士的と言うが、
「英国野郎のどこが紳士か!コーヒーでなく紅茶を飲めば紳士なのか!
背広を着てネクタイ締めて杖を突けばみんな紳士かよ!」と問いたい。
表面上はレディファーストのフェミニストだが、内心では蔑視満々で、
女を無慈悲にえげつなく扱う輩が多いのが野蛮なアングロサクソンだ。(妄想2)
(M女は喜ぶだろうが)
英国人に何の恨みがある訳ではないが、要するに、支配者とは胡散臭い。(南無)
☆BGM
2011年06月13日
風に吹かれて、風を感じて
酩酊しつつ、地図帳を取り出し、地図を睨む。
思い出そうとした地名が思い出せそうにないと諦め、
降参して地図帳で答え合わせする事に決めたのだ。
正解は、「アリカンテ」だった。
アリカンテはスペインの地中海沿岸の町で、街外れの古城に登った。
大きな岩がゴロゴロしていた。
山には強風が吹き通し、白い雲が風に流れていた。
海岸通りには蘇鉄や椰子が無造作に植わっていた。
アリカンテは、グラナダから西へバスで向かう途上で降りた街だった。
この街との奇妙な縁も、旅路の「偶然(必然)」だった。
夜、行き当たりばったりに泊まった宿は、古い建屋の4階にあるペンションで、
地階の扉の横のブザーを押すと、ジーという音がして錠が解かれ、
埃っぽい木造階段を登っていくと看板のある入り口があり、
そこでまたブザーをビーッと鳴らし開錠してもらって中へ入る。
するとお伽話に出てくるようないかにも胡散臭い老婆が出迎え、
料金をぼろうとするので、帰る振りをして逆に値切った部屋は狭く、
人型にへこんだ古いダブルベッド(きっと連れ込み宿だ)の他に窓は無く、
足の付いた古いバスタブの共同風呂場で湯を浴びた…。
しかしながら、すっかり忘れてしまったような出来事も、
思い出せばまだ色々細かい事まで覚えているものだ。
しばらく地図と対峙し、旅の記憶を感傷と共に蘇らせる。
かの「グラナダ」は、シェラネバダ山麓の北方にあるが、
反対の南の地中海沿岸には「アルメリア」という町がある。
行く機会は無かったが、見覚えのある地名であり、興味をそそられる。
まるでトルコや東欧にでもありそうな名だと思う。
さらにスペインを目で追ってみる。
モロッコを旅し、タンジェから船で再び「アルへシラス」に戻った後、
バスで北や東でなく西へ進み、「カディス」へ行った。
酒で有名だが、ここも観光地として人が多く集まる町で、
土曜の夜の商店通りと酒場(バール)は人々で賑やかだった。
その愉快な喧噪の中を当て無くほっつき歩くのは少し寂しかった。
雨が降っていた。
雨にぬれた横丁の小道に、
黄色い街灯とネオンの反射が揺れる光景を今も覚えている。
「マラガ」にも行った。
季節は11月で、南へ下れば暖かいだろうと期待して訪れたが、
アルベルゲ・フベニル(ユースホステル)の二段ベッドの夜はストーブが要った。
いつも朝食に出るスペインの干からびたパンは、紙のように不味かった。
俺は一体、何が言いたいのだろう。
我々はまるで逃れようの無い「奇妙な縁や偶然」の中で暮らしている。
稀に思い通りになる時も、多くの思い通りにならない時も、
一期一会と人生万事塞翁が馬のポリシーで、すべてクールに「肯定」し、
この閉塞的な現実空間を「旅路のような軽い気分」で突破していきたい。
その時、重要なのは、「直感(直感の7割は正しいそうな)」を信じる事と、
「風」を感じる事だ。
今頭上に吹く風の向きをよく見極めろよ、俺!
☆BGM
2011年05月28日
「進歩の追求」パーキソンの法則
●その1
『仕事の量は、完成のために与えられた時間をすべて満たすまで膨張する』
つまり、「仕事」とは、終わらせない限り、
何時間、何日、何年間も「長引いて膨張していく」代物で、
仕事(義務)なんてものは、さっさと完了させて、残りの余った時間を、
別の「自分のやりたい事」に回す事こそ重要なのだ。
時間には限りがあり、人の一生にも限りがある。
仕事を長引かせる程、「時間の無駄、人生の無駄」をしていると言える。
翻って、自分を含む我々日本人は、「仕事が無い状態を避ける」ように、
ずるずるとメリハリなく仕事に時間を費やし、年中仕事に追われ、
まるで「仕事=人生」と錯覚しているふしがある。(これをワーカホリックと云う)
立派な仕事を持ち、仕事の肩書きを自慢し、仕事で他人から評価を得る事に、
満足を感じる者が多い島国、日本。
むしろ、日本人の人生は「仕事中心」に存在しているようだが、
「人間の真の価値」は、仕事とは別の所にある事を知るべきだろう。
(一流企業に勤める社員や役人の実態を見よ)
これらも、日本人に仕掛けられた「洗脳」の一つか、と思う今日この頃である。
●その2
『支出の額は、収入の額に達するまで膨張する』
カネが無い時は使わないが、あればあったで、あるだけ使う。
収入以上に支出する場合は「負債」となって、
金を借りた銀行や金融業者に「多額の利子」を取られる破目になる。
借金が可能なら、支出の額は収入の額を軽く超え、無限に膨張するだけだ。
しかし、「後の祭り」になる前に、基本的に借金などするもんじゃない。
●その3
『ある資源に対する需要は、その資源が入手可能な量まで膨張する』
つまり、「天然資源」が底を突くまで、我々は強欲に掘り続け、
製品化したり、燃料として使用する。
また、獲物がいなくなるまで、乱獲するのが人間の「性」でもあるだろう。
ライオンは、言わば「怠け者」で、サバンナでいつもゴロゴロ寝て過ごし、
たまに狩りをしては空腹を満たす。
だが、もしライオンが「活発な働き者」だったらどうなのか。
たちまちサバンナから動物は消え、
ライオンは自分の生存さえ危うくする事だろう。
過ぎたるは、及ばざるが如し。
人間がなぜライオン(動物)より賢いなどと言えようか。
我々は節操もなく「仕事」と称し自分の「収入」の為に日夜せっせと働く。
その点、休まず働き続ける日本人というのは、まったく最低だ。
☆BGM
2011年05月11日
さよならニッポンさよならアメリカ
電線でムクドリがギャーギャーと啼き、
空にツバメがクルクル舞う季節がまたやって来た。
陽が延び、トワイライトが長くなり、徐々に暖かくなってきた。
蒸れた靴下を脱ぎ捨て、短パンとTシャツでいられる陽気が始まる。
空でトンビが気流に乗って高く舞い上がっては、下界を見下ろしている。
そばの電柱にカラスが止まったが、俺に気付いてすぐに飛び去って行った。
外国でも俺は空を眺める。
川や山や海が正面にあるチルアウトラウンジで、まったりとハンモックに揺られ、
現地のビールを飲み本を読みタバコをふかす至福の時。
ゆっくり空を眺めては、空を舞う生き物や雲を堪能しつつ白想する。
働かず金も使わずおまけに予定もない、まるでエコノミカルな日々…。
で、改めて日本の国土に立ち、空を眺めつつ思うのは、
人間だけでなく「自然もこの国の住人」である事だ。
鳥、動物、魚、植物、虫、微生物、細菌まで、すべてがジャパニーズであり、
近所の山に暮らすトンビもカラスも、日本国籍を有する大切な「同胞」だ。
しかし、我々は彼らの存在を軽視して、人間中心に、
人間の事だけ考えてこの世の中を作ってきた。
道路、高速道路、トンネル、橋、ダム、原発、空港、軍事基地、
ゴルフ場、リゾート、護岸工事、廃棄場、住宅地、田畑に至るまで、
無節操に自然を開発し、何様のつもりか「人の都合」で建造を進めてきた。
結果、住処を追われた野生の生き物は、里に出没するようになり、
車に轢かれたり有害動物として処分される憂き目に遭っている。
人間以外の生き物は、まず「電気」を使わない。
「自動車」にも乗らない。
「洗濯」もしない。
単純に、日本の豊かな自然に包まれ、控えめに「衣食住」しているだけだ。
自然にとって、「原発」の存在は最低だ。
高速道路やトンネルを作るのも最低だ。
自然保護を進めるなら、トキを増やしたいなら、原発は止めだろう。
片や自然保護を叫びながら、原発や道路の建設は推進する矛盾を知れ!
これだけコンビニが増えたら、もう自販機は無くていい。
諸外国を見よ、店舗の電気は暗くて十分だ!
今や金も暇も無くなり、しばらく旅に出る機会も失った俺は、
ごく一般の日本国の住人として、日本を愛でつつ日本に感謝しつつ、
有り難く日本の国土に住まわせてもらうしかない。
その分際で、「安全?な外国産」(何がTPPだよ馬鹿野郎)でなく、
死のうが生きようが「日本のもの」を飲み食いして、天命に身を委ねたいと思う。
☆BGM